第1章 本当に?
その朝、僕はいつものように会社に出てきて、今日くるはずの支店会計監査の準備 をしていた。いつもは朝の早くから電話など鳴るはずがないのに、そういう予定のあ る日に限って急ぎの仕事が出てくるものなのだ。今回もこのパターンであると僕は思 った。電話は東京在住監査役が札幌出張中のものだった。そしてこれが僕にとっての 第1報であった。 「もしもし、あ、支店長かい、朝早いね。今日の朝のニュース見たかい?」 「いいえ、朝早く家をでたのでは、なにもやってませんでしたけれども・・・・」 「いや、親会社のたくぎんがコメントを発表するので今日の監査はそれがはっきり するまでは延期する。私はこれから会議なので。」 「はい、いま確認します。」 そういって電話を切ると僕はCPUの電源をいれて、函館のプロバイダーにアクセ スした。北海道新聞ホームページには「拓銀破綻」の文字が浮かびあがった。 正直いって驚くというよりは観念したのかという安堵にも似た複雑な心境だった。 それまでの間、北海道第2位の北海道銀行との合併や、客先での問答など自分では「 まさか」とは思いながらももしかして・・・という部分があってもやもやとしていた のだ。 女性社員がドアを開けた。 「おはようございます。」 更衣室に入る前に僕は声をかけた。 「テレビニュースでなにかいっていたかい?」 「私も出掛けだったのでよく見ていなかったけれど、拓銀が何か発表するみたいで す。」 「インターネットでは経営破綻といってるけどニュースでどうだった?」 「よく分かりません。銀行法の何条とかいってたけど・・・・」 「やっぱりそうだ。」 男子社員が入ってきた。 「支店長、拓銀がたいへんなことになっています。どうします?」 「多分取り付け騒ぎにはならないようにするだろう。うちは本社の指示まちだ。」 「電話に対しての対応はわからないということで統一するぞ。」 こうして破綻発表の一日は始まった。 実は一昨日土曜日、今年の春転勤した前任支店長が函館にやってきて、当の拓銀の メンバーといっしょに冗談交じりに、「拓銀はもうダメだ早目に転職先を探しておい た方がいい」「子会社のわれわれも他人事では済まされない一蓮托生だから、同じこ とだ。」と酒の席とはいえ乱暴な会話をしたその矢先の「破綻発表」だったのだ。