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◎リスさんの住む学校の女性校長(森武由美子さん)



  学校長。華やかに見える職。実は、神経をすり減らす 「気苦労」 がいっぱい、と私には写ります。日の丸や君が代論議・教育指導方針・父母への対応・学校経営・教育委員会の関係・・・・・・・悩む事象はこと欠かない。でも、大野町の校長先生は悩みを蹴散らして奮闘しているようです。大野町にとっては 「ありがたい」 の一語に尽きます。大野町校長会の研究紀要 「いなほ」 に掲載された、市渡小学校長・森武由美子さんの 「気持ちをまっすぐに」 を紹介します。教頭職を僅か2年間で卒業して平成14年4月・市渡小学校長に赴任してきました。


    「気持ちをまっすぐに」  大野町立市渡小学校長 森武由美子

  校長の役割は決断することです 時間に物事を解決させないでください
  

  校長としての初日、「校長先生、どうしたらいいですか。」と、ゆっくり考える間もなく即座に返答しなければならないことがありました。何とかクリアしましたが、冷汗脂汗ものでした。

  教頭の時も、日常的に、様々な場面で判断を迫られることがありましたし、決断に近いこともしてきたつもりでしたが、いざという時には後ろに校長先生が控えているという安心感がありました。「校長の役割は決断することです。時間に物事を解決させないでください。」と言われたことをしっかり受け止めて、トレーニングを積み重ねて正しい判断と決断のタイミングを間違えないようにしたいと考えています。

  バランス

  私たちは、物事を白か黒か、右か左と決めたがるところがあると思います。でも、それだけではなく、右と左の間もあります。物事をはっきりさせなければならないこともたくさんありますが、融通をきかせるということがよいこともあります。話し合いの時にも、利害や価値判断が生じてなかなか前に進まないことがあります。自分の考えに執着する人、楽天家や心配症など様々な人がいますから全員賛成ということは無理だと思います。

  そういう時に、「このへんで折り合いをつける」というような決め方がよい場合もあります。もちろん、法的な裏づけのもとで決める内容については、明白です。右と左の間の中間のあちこちの意見があるときには、バランスをとらなければなりません。そのときの支点をどこにおくのかが難しい。議論していて決らない時など、調整をする知恵と才覚が大切になります。
  
  また、原則は原則として現実的な対応をとることも多くあります。常に何が原則か、本来どうすることがよいのかを考えて物事にあたり、原則毅然として言えることと、原則をわきまえた弾力的な対応を周知する姿勢を持ち続けることを心がけたいと思います。

  国際理解(留学生のホストファミリーをしたときの思い出)

  アメリカからやってきたマシューさんは、とても勉強家で質素でした。夜遅くまで熱心に勉強しました。月曜日から金曜日までは集中してしっかり勉強し、週末はキャンプや水泳など友達と思いっきり遊びました。切り替えが見事でした。

  「アメリカの子どもは、ミシシッピー川とかフロリダ半島を知らないけれど、いろんなことを自分で考えて行動する。」と話していました。両親が弁護士で何不自由ない生活をしていると思いましたが、2年間海水浴場で監視員のアルバイトをしてお金を貯めて日本に来たそうです。Tシャツや短パンも、日本の若者は着ないだろうと思われるような着古して色あせているものばかりですが、自信をもって堂々としています。

  格子戸のある木造の家や生け花、お茶、陶磁器などに興味を持っていました。折り紙やあやとりなどもとても喜びました。七夕には、浴衣を着て「竹に短冊・・・・・・」と近所の子どもたちと歌い、大喜びでした。それぞれの国の歴史や伝統について語り会いましたが、自国を誇りに思い、愛していることが伝わってきました。

  台湾出身の呉さんは、強烈でした。日本語はペラペラ、勿論漢字も知っています。元町方面の建物や施設など興味を持って熱心に見学しましたが、売店などには目もくれませんでした。

留学生による弁論大会があり、「カミ」という題で発表して最優秀になりました。内容は、同音異義語の「髪」「神」「紙」に関する現象について、日本人に対して鋭い考えを述べていました。

  「デパートで店員に売り場を訪ねたら、とてもつっけんどんだった。バス停でも不親切だった。欧米人だったら笑顔で親切にするけれど、私たちには全然よ。」

国籍の違う人々を理解することは結局自分に戻って、異質なものを見てどう感じるか、どう動くかであると思います。

  日本は、戦後の復興を「欧米に追いつけ追い越せ」と欧米型にすることによって実現しようとしてきました。その結果、日本人が持っていた価値観や文化を忘れ、アジアの国や人々を意識しないようになってきていたのかも知れません。本来、礼節・勤勉・秩序・孝行・忍耐など本来持ち合わせていたよさが失われていったのではないかと思います。

  「21世紀の日本が再生するには、国民一人一人が勤勉に、正直に、倹約して生きていかねばならない。高度成長以前の日本はこの正直、倹約、勤勉が生活の中に根づいていた。原点に立って、勤勉、正直、倹約という長所を取り戻すことが閉塞状況を打ち破るカギである。」 という話が小雑誌に載っていました。

  国際理解の始まりは、自国の歴史と伝統を正しく受け止め、誇りをもつことだと改めて思い知らされたところです。

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