TOP   田舎都会通信  蕎麦酔夢「吉田村」  写真で語る   ブログ   リンク集

◎ 高齢時代・「満足死」考えよう


 
   
  「満足死宣言書」

  奥野修司・著「満足死・寝たきりゼロの思想」には、本人の意思を最優先に考える「満足死の宣言書」について記されている。

その宣言書の中の、本人が自由に記載できる「要望欄」が重要だという。

「満足死」宣言は、自分自身が望む自分の主張だという。

  


 
 「Aさんの例」
 
  
読売新聞は、この「満足死」について例を挙げて連載している。
山間部に住み、農業の傍ら町議会議員をしていたAさんは、手足が震えるなどの重いパーキンソン病を患った。入退院を繰り返しながら治療回復に努力したが、動脈硬化で右足が壊死し、切断した。
Aさんの最後の希望は、「家で過ごす」ことだった。そこで「満足死」宣言をしたという。

  Aさんが亡くなり後継者の農業・Bさんは、「先祖代々が、つながっちゅう。絶対に粗末にできん」と言って、稲作を一年間なげうち自宅で看護した。Aさんもその姿勢に応えリハビリに励んだが、89歳で息を引き取った。

 「自宅に帰りたい」

  
ご高齢で入院されると、「家にかえりたい、家にかえりたい」ということを耳にします。入院する時は6人の大部屋。病状が進むと、4人部屋、2人部屋、そして1人部屋。自らの置かれている状況がわかり、最後は自宅でという気持ちも理解できます。
またお医者さんによっては、末期になると一旦退院という配慮をしてくれます。


  
父が70代後半の時、胃潰瘍で5ケ月入院した。何度も何度も家に帰りたいと言い、主治医に何回も懇願した。主治医には、治ったと自己判断しての願いだった。しかし、主治医の「胃潰瘍は完璧に治して退院しなければ、また入院のケースがほとんどですよ」、に観念したことは忘れられない思い出です。自宅に帰りたいという思いは、入院している本人にとっては何事にもかえられないことなんですね。

 「自宅に入院」

  
例に挙げたAさんのように誰もが対応できれば心配ないが、現実はどうでしょう。
家族が離れ離れになっていたりして、支える状況は困難な家庭が多いように思う。また、地域で支えることにも限度があります。

  奥野修司・著「満足死」の取材源となった高知県佐賀町の疋田医師は、集落全体を「病院」、住民の自宅を「病室」に見立て、「自宅に入院している患者」の満足死を支えることを実践してきたという。

 「悩みは多いが実行」

  家族にも、地域にも、高齢者を手厚く面倒を見る力は小さくなってきている。しかし、結果がどうでるかは別にして、「満足死宣言」をすることを考えてみる必要性は感じます。

  「延命装置は拒否」など、ハッキリ家族に終焉の治療を伝えてられている家庭も多い時代となりました。このことも含め、元気・元気なうちに「自分自身の満足死」を考えてみましょうよ。


目次へ

TOP   田舎都会通信  蕎麦酔夢「吉田村」  写真で語る   ブログ   リンク集