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◎大野開発奴



  平成18年2月1日、大野町と上磯町が合併し「北斗市」が誕生。大野町にとっては、北海道史に初めて「大野」の名前が出てから337年、ここに歴史の区切りをつけることになった。

  風雪と共に築いてきた長い歴史だが、無形文化財はごく僅かです。少ない中のひとつに、豊作祈願の「大野開発奴」があります。明治29年頃から意冨比(おおひ)神社例大祭で披露されてきた。町史によれば、松前藩主の参勤交代を見習ったもので、25人で編成すると記されている。

  この奴行列は、開発地区の男女青壮年が伝承している。百年以上の歴史ある伝統芸能も、後継者不足から1995年を最後に休止を余儀なくされていた。しかし、合併を目前にした昨年の同神社例大祭で、10年ぶりに復活しました。

  奴行列を実行するには、奴・30人、支えるスタッフ30人、都合60人が最低必要です。保存している開発には、上・中央・東の地区があります。守ってきたのは上開発の人々ですが、後継者不足から人の数が足りないことと年齢の高齢化が、休止の一因だったように感じます。

  実現には、北斗市誕生の節目に伝承継続の思いもあったでしょう。知恵が出ました。開発全区域の協力を得ることでスタッフ調達の不安は取り払われました。顔に奴の大きなヒゲとまゆを描くことは、町内の床屋さんの有志が協力してくれることで解決。

  紺の法被にワラジを履いた奴、長柄と呼ばれる長さ4メートルの毛槍を持ち、足を大きく振り上げながら歩くことは相当の体力が要る。実行決断には、この体力が一番心配だったのではと察する。

  朝8時半に出発するには、朝5時から準備だというので会場に行ってみた。奴の顔を描くのも、技術と時間がかかります。ワラジも舗装道路を長い距離練り歩くとなれば、一足や二足では足りない。法被などの衣裳と食事の準備だけでも大変そうで、脇役30人が必要という状況がよくわかります。

  大野奴開発保存会は「不安」の中「期待」に応えるために、大野開発奴・練り歩きを復活させた。「ヨイヤサーのサー」「○○さんの奥さんは、いいおなごー」 「ここで あったかい拍手 ほしいなぁー」 ・・・・・ 掛け声は笑いを誘い、そして先人の残した伝統芸能に、沿道を埋めた町民からは大きな拍手とねぎらいの温かい目が向けられた。

  練り歩きの体力消耗は想像以上だったと思う。若い人は俺達が守らなければ、と思ったでしょう。開発の地区が一致団結して取り組んだ意義は大きい。まだ今後の結論を、保存会は出していない。

  沿道の町民の感動・感激した姿、「よくやってくれた」という温かい声援の大きさ、これを肌で感じた保存会の「今後の勇気ある決断」に期待を膨らませたい。子孫代々に大野の歴史を語る継ぐためにも。


 2005・8・28 に練り歩いた様子は
      写真で語る 2005・9・1 化粧・大野奴
      写真で語る 2005・9・2 北斗市誕生祝う・大野奴   をご覧下さい


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