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◎「青年塾」の合言葉



  11月3日・文化の日、大野町功労者表彰を行いました。来年2月1日、上磯町と合併して「北斗市」となることに伴い、これまで功労のあった方を称えました。全部で62人の個人と2つの団体に贈られました。

  「高い精神」を持って行政に尽くすということは、容易にできることではありません。先輩の足跡を鑑として、次世代につながる活動を私たち後輩は求められています。

  このためには、若い人たちの奮起も必要です。志高い精神を、ひとりでも多くの青年が持つことを臨むものです。志ネツトワーク代表・上甲晃さんの「青年塾」、大野町でも毎年開かれています。賛同・参加者の高まりを期待しています。


  志ネットワーク代表 上甲 晃さん デイリーメッセージから

  私は、今の日本には、先人のような「高い精神」が消えてなくなっているような気がしてならないのです。「自分さえ良ければいい、自分のために人が犠牲になることも気にならない」、そんな風潮が、日本を悪くしている気がしてならないのです。

  日本人よ、「高い精神」「高邁なる精神」を取り戻そうではないか。そんな思いから、私は、今から10年前に、志ネットワーク活動の一環として、「青年塾」を立ち上げました。それは、とりわけ次代を担う青年達に、「高い精神」「高邁な精神」を取り戻してほしいとの思いからであります。

  この9年間に、およそ800人の若い人達が、「青年塾」の門をくぐってくれました。そして、「生涯塾生」を合言葉にして、自らが、「日本の救いとなるような高い精神を持って生きる人」になることをめざして、精進してきました。高い精神を持つ日本人が増えれば増えるほど、日本は救われると、私は確信しているのです。

  「青年塾」には、いくつかの合言葉があります。
例えば、「一歩前へ」。目の前で人が困っている時には、自らの損得を計算して判断するのではなく、一歩前へ進み出て、「私がやります」という心を育てる合言葉です。

  また、「人のために苦労する人が、一番、得をする」。「人のために何かをすることは損だ」ととらえがちの世の風潮にあって、「人のために献身的に苦労すれば、結局、一番得をするのは、自分自身である」との意味です。

  さらに、「そこまでやるか」。人に心からの満足を与えるためには、手抜きせずに、徹底して献身的な努力をすることだという意味です。「青年塾」は、人のために手抜きしないことを一つの指針としています。

  まだあります。「せめて私が」。自分の身の回りを見回してみて、問題だと思うことは、人を責めるのではなく、自らが解決のために行動を起こすことが大切だとの意味です。「どうせ私一人位が」と思うと、無力感にとらわれて、何もできなくなります。「誰もやらないのであれば、せめて私がやりましょう」と行動を起こすことも、「高い精神」を養う心構えです。

  「青年塾」は、現実にすぐ役立つような資格や技術を修得する場ではありません。「青年塾」は、お互いが、人間として立派になろうという学びの場です。言葉を変えれば、知識や技術といった枝や葉っぱ、花を咲かせる教育ではなく、人間としての根っこの心を育てることを、学びの目的としています。

  そして、「人間的に立派」とは、「人のために惜しげもなく自らの持てる力を差し出す心を持った人」を指します。


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