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◎村長の気骨 その2



  全国の自治体が財政難に苦しむ中、財政基盤に余裕があり、そして元気のある下條村にスポットライトが当たっている。4年に1度選挙の洗礼を受ける首長の選挙公約を考えると、視察ラツシュもわからないではない。

ただ、自治体の頼みの綱・地方交付税は、その年のその町でかかる経費からその町の税収を引いた不足を補うために交付されます。また、これを使い活性化のために最大の効果を引き出すことを、首長に求められている。そういう中にあって、貯金をするということが適当なのか、など考えさせられることが語られている。

  下條村の村長さんの気骨、時代にマツチし脚光を浴びています。皆さんも考えてみましょう。


  「職員は悪くはない トップの姿勢しだい」  北海道新聞社・編集委員  

          平成17年10月23日 北海道新聞・朝刊                                        「時代の肖像」 長野県下條村・村長 伊藤喜平さん(70)

  加藤伸治さん(40) 摩澄さん(35)夫婦は3年前、愛知県から長野県下條村に引っ越してきた。アトピーの長女 葵ちゃん(5)を空気のきれいなところで育てたかった。

  村は、中学生まで医療費が無料だ。鉄筋マンションも2LDKで家賃3万8千円。村外から若夫婦を呼び込み、赤ちゃんをたくさん産んでもらおうと、村が162戸分建てた。加藤さんは、村の誘致企業に転職し「貯金ができます」と満足げだ。

  村の人口は1991年の3千8百人を底に毎年増え、現在4千2百人。出生率は、1.97。全国平均の1.29を大きく上回る。

  農家の井村文人さん(72)は村の「道路族」だ。小規模な生活道路について、どこを舗装するか、地区の道路委員長として住民の声をまとめる。ただし、利権とは無縁で、労力は委員長以下、住民の無料奉仕。セメントなどの資材だけ、村が用意する。コストは、業者発注の場合の半分以下。

村が、この方式を提案したのは92年。「皆怒った。税金を払っているのに何だ、と」(井村さん)。だが実は、公共事業で働く農家が多く、工事はお手のものだった。「浮いた金は巡り巡って村民に返る」と説得され、結局、現在百件前後がこの方式だ。

  それもこれも、始めたのは伊藤喜平村長。ガソリンスタンド、自動車修理工場を経て92年、村長に初当選した。「以前は、やはり過疎化でね。ユーザー(客)が年々減っていく、優秀な人材が都会に出て行く。中小企業にとっては致命傷だ。何もない村だが、危機感だけはあった」。

就任直後、予算編成、議会などで一番忙しいとされる1月、あえて隣町の大型店で職員研修をした。全員交替で店に立たせた。「役場が忙しいという時期、民間はもっと厳しい。役場なんて、国や県から集まった税金を配るだけ。それも、もったいぶって急がずサボらず前例踏襲。公務員の生活は極楽よりいい」。

  当時51人いた職員は、退職者の穴埋めをしないなどで今、37人。初めは当然、職員組合と対立した。(村長は)反対者を窓からたたき出さんばかりの勢いだった」と振り返る職員もいる。

「死ぬ気でかからんとできない。そりゃ戦いでございました。でも、人減らしをしたんじゃない。意識改革をしたら、職員も、人が多いと理解した。退職者不補充でもよくなった」。そこで、疑問。職員を減らせば、住民サービスも低下するのではないか?。「違う。自分しかいないと自覚すれば一人三役、むしろ生き生き飛び回る」。

  最近、国政でも公務員批判が声高だ。それほど公務員は問題か?。「職員は悪くない。トップの姿勢しだい。目標を決め、明確な指示を出せば公務員は働く。能力もある」。

  村道の工事を住民任せにするのは、行政の放棄、逃げではないか?。「隗(かい)より始めよ、で役場職員が改革に取り組んだ。次は、住民に意識改革をしてほしかった。私たちの置かれた条件の中で生き延びていくには、こうした手しかなかった。

  職員削減を考えるヒントは「パーキンソンの法則」ではないだろうか。行政組織は仕事の量と関係なく肥大し続ける、と英国の行政学者が指摘した。労組トップの経験がある串原良彦総務課長(56)も認める。「役人は、同じ仕事を、30人でやれといわれたら30人でやるし、百人でといわれたら百人でやる。あれこれすることを見つけてやる。必要なことかどうかは別にして」。

  そんなこんなで村の貯金(財政調整基)は今27億円に上る。ちなみに北海道は8千万円しかない。一般会計予算規模が下條村の20億円に対し、2兆9千3百億円もあるのに。「地方交付税が減らされても揺るがない体性を目指した。私はね、行政という言葉は使いたくない。財政という。行政は文学的だが財政は数字だ。甘くない」。

  村民に聞くと、村長は秀才だったのに大学に行けず、若い頃から油まみれ汗まみれで働いてきた、という。「ワンマン」「貯金ばかりせず村民のため使え」との批判はあるが、実績は、多くが認める。

  「私は、小さな政府に大賛成。国や県は、もう金もないのだから、市町村にああだこうだと言わなくていい。地方のことは地方に任せれば、自己責任で工夫する。それができんような地方ならもう、だめだ。

  あとがき

  下條村など、いわゆる改革派自治体には議会や行政の視察が多い。だが、帰ってから改革を実行したのか、寡聞にして知らない。道内のマチの皆さん、もう視察はいい。問題から目をそらさず、ごまかさず、良心に従って答えをだそう。改革にモデルは無い。問いも答えも、自らの中にある。 


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