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◎厳しい声にこそ次の対策へのヒントがある・小里貞利さん



  新潟県中越地震の被災者救済対策は、阪神大震災など過去の教訓が生かされていることを感じます。

  例えば、被災者向けの仮設住宅。地域単位に入居者を割り振る 「コミュニティー入居」方式を採用することである。阪神大震災での、独り暮らしの高齢者の孤独死亡が相次いだことが、教訓になっているという。1997年・当時厚生労働省が出した通知は、「仮設住宅については従来のコミュニティーを維持し、高齢者が集中しないよう配慮すること」。この通知の効果だという。

地域社会のつながりを重視し、独居老人の孤立化を防ぐ狙いのこの政策には、拍手を贈りたい。またこの敷地内には、高齢者が利用しやすいように和室を備えた集会所や在宅サービス施設も造られるという。

  読売新聞・飯田政之・記者が記した 「方位計」は、政府の対策・対応の重要さを教えている。新潟県中越地震の教訓を次の災害に生かす検証をし、国民を安心させてほしい。


  「厳しい声」に宿るヒント    読売新聞記者 飯田政之 氏

  阪神大震災の震災担当相に就任して間もない小里貞利・元自民党総務会長のもとに、先輩政治家から一冊の本が届いた。小説・「八甲田山死の彷徨」(新田次郎著)だった。

日露戦争前の1902年(明治35年)1月、旧陸軍青森歩兵第五連隊210人が八甲田山を雪中行軍し、遭難した。吹雪の中、指揮系統が乱れ、199人もの死者を出してしまう。無事に生還した別の連隊と対比することで、指揮官の的確で迅速な判断がいかに重要かを教えている。

  小里氏がこう振り返る。
「第五連隊率いる大尉が・天は我らを見放した・と嘆き、その言葉で部下たちが生きる希望を失う場面がある。震災対策も当時、なかなか出口が見えなかったが、この本を読んで、指揮官が弱気をみせてはいかん、常に前を向け、と励まされる思いがした」。


  阪神大震災では約6,400人が亡くなり、ピーク時には約32万人が施設に避難した。政府の対応に批判が集中した。小里氏は「前例や法令を掲げての役所仕事ではだめだ。自分の責任で即断、即決した。テレビになるべく出て、被災者に方針を伝えたいと思った」という。

  震災発生から2ケ月ほどたった時、小里氏は、現地で避難所、企業、復旧現場を担当する人たち30人ほどの「現地座談会」を企画した。税制、交通整備、施設建設のための助成・・・・厳しい注文を耳にした。それが、その後の法整備や対策を立てる上で参考になった。

  あれから9年9ケ月。省庁は再編され、防災担当相も新設になった。今回の新潟県中越地震では、縦割り行政の弊害がなお見られたものの、教訓はある程度生きた。だが、まだまだ余震は続いている。復旧作業はこれからだ。

  与野党幹部をはじめ、小泉首相も現地を一通り歩いたが、現場の声をどこまで肌身に感じたか。視察を型通りに終わらせずに被災住民の恐怖、不安を取り除くリーダーシップを発揮できるだろうか。

  「厳しい声にこそ次の対策へのヒントがある」とは小里氏の言葉だ。

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