タイトル 2001年1月1日発行
No.76 第71号
しらかば薬局

発行:しらかば通信編集委員会

最近、新聞やニュースなどで医療事故や医療ミスの報道をよく目にします。
私たち医療人は患者さんの命と健康を守る立場から、
安全な医療を提供出来るよう常に注意し、努力していきたいと考えています。
今回は、医療の現場で最も注意すべき「院内感染」の問題について、
道南勤医協稜北病院・佐々木悟医師に稜北病院の取り組みを紹介していただきながらお話を伺います。

【 消毒薬耐性菌による院内感染と対策 】
 ■ 消毒薬耐性菌の登場 ■
 
今年6月,大阪堺市の耳原病院で入院中の3名の患者さんが突然敗血症で死亡する事故が発生しました。原因は細菌の院内感染でした。すみやかに保健所に連絡がなされ, 専門家による調査が行われました。調査の結果,原因となったのはセラチア菌と言う聞き慣れない名前の細菌でした。昨年7月,東京都墨田中央病院で発生した5名の患者さんの院内感染死亡もセラチア菌によるものでした。これまで院内感染の主役は抗生物質の効きにくい緑膿菌やMRSAと呼ばれる細菌でした。一般的には抗菌剤耐性菌と呼ばれています。  
今回の感染の原因は消毒薬耐性菌と呼ばれるものでした。  調査が進むにつれてこのセラチア菌は消毒薬にも生き残るとんでもない性質をもっていることが明らかになってきたのです。これまでの院内感染の常識をひるがえす内容でした。
 これは医療の現場では,きちんと消毒薬を使用さえす れば大丈夫という時代ではなくなったと言うことを意味 します。消毒の内容と質が問われる時代になったのです。 墨田中央病院では皮膚消毒のためのアルコール綿を保管 していた容器でセラチア菌が増殖していた可能性が指摘 されました。これまで,日本中の医療機関で日常当たり 前に行われてきた採血,注射,点滴,そしてアルコール 消毒。これらをすべて見直さなければならない事態とな ったのです。
感染対策を根本から見直さなければなりません。
□■ 消毒薬耐性セラチア菌について □■ 
 
セラチア菌は環境常在菌といわれてきた細菌です。台所など水のあるところにはどこでも住みついています。しかし,石鹸と流水による手洗いで日常的には問題は生じません。健康人には無害な細菌ですが免疫機能の低下した高齢者などに感染すると毒性を発揮します。  
消毒薬にも生き残るセラチア菌はどうして生まれたのでしょうか。  水があるところにはどこにもいると書きましたが,この細菌は当然,病院の流し台にも住んでいます。病院の流し台には消毒薬が頻繁に廃棄されます。この消毒薬に浸されて続けている間に消毒薬に強い細菌が少しずつ生き残り,消毒薬でもなかなか死滅しない遺伝子をもったセラチア菌が生まれてきたと考えられています。
■□■抗生剤耐性菌MRSAについて ■□■
 
現在院内感染の主役であるMRSAはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の英語名の頭文字をとったものでエム・アール・エス・エイと発音されます。黄色ブドウ球菌は肺炎や創部感染の起因菌としてありふれたもので,抗生物質にて速やかに治療することができる細菌でした。ところがメチシリンという抗生物質に抵抗性をもつ種類が10数年まえから現れました。
この性質を持つ黄色ブドウ球菌にはほとんどの抗生物質は効果がありません。現在,有効な抗生物質は3種類しかありません。  この細菌の登場も消毒薬耐性菌の出現と似ています。抗生物質は細菌感染治療の主役です。年々,効果が強い抗生物質が開発されてきました。しかし,抗生物質が乱用される中で抗生物質に強い抵抗をもった細菌が生き残り抗生物質が投与されてもびくともしない遺伝子をもった細菌になったと考えられています。
医療の現場では消毒薬や抗生物質を使えば清潔になって安心と簡単にはいえない時代になってきているのです。今回事故のマスコミ報道以後,稜北病院では過去1年間のセラチア菌感染の調査を行いました。幸い重症な感染事例は発見されませんでした。しかし大阪耳原病院の教訓を生かそうと感染対策委員会でこれまでの感染対策を検討し直しました。  
さて,具体的な対策についてです。  耳原病院ではセラチア菌が原因菌と判明しましたが,感染経路は明確にできませんでした。しかし,疑わしい経路を遮断するために主に3つの対策がとられました。第一は消毒薬の変更です。注射や採血の際,皮膚を通常アルコールで消毒します。これまでは50%イソプロピルアルコールが用いられてきました。これを70%に変更すると言うことです。消毒薬は濃くすると消毒効果は高まります。しかし,別に皮膚障害という問題が発生します。消毒薬で肌荒れをおこすとそこにまた細菌が感染しやすくなります。稜北病院では肌荒れの発症を減らすためイソプロピルアルコールよりも皮膚障害が少ない70%エタノールを採用することにしました。  
第二は超音波式吸入器の使い回しの禁止です。これは薬液を一定入れるとタイマーで使用量が設定できるため複数の患者さんで同じ薬液を共有する事ができる構造になっています。ここに細菌が付着した可能性が指摘されたのです。稜北病院では従来からこの吸入器の危険性も指摘されてきたこともあり使用していませんでした。家庭用の吸入器にも超音波式のものがありますが,個人で使用するため大きな問題はありませんが,使用するたびによく洗浄して乾燥させることが大事です。もう一つは点滴注射の手技の検討です。特に静脈留置針の使用についてです。長年やってきたやりかたの中に細菌感染の原因がないか見直しが行われています。これについては稜北病院でもまだ検討をすすめている段階です。

 


  

[しらかば通信] [標準感染予防法]