このページは最近問題となっているメニエール病の抗ウイルス剤アシクロビル(商品名:ゾビラックス)治療に対する、「日本めまい平衡医学会」前理事長・八木聰明氏の見解を同氏の了承のもとに全文掲載しております。

引用資料 Equilibrium Res Vol. 59(6) :598〜600,2000


メニエール病のゾビラックス治療に対する見解

八 木 聰 明 (日本めまい平衡医学会前理事長)

 はじめに
 最近、週刊誌(週刊文春9月7日号)にメニエール病や他のめまい疾患に対してゾビラックスが極めて有効であるとの記事が掲載された。メニエール病や他のめまい疾患の患者がそれを信じ、かなりの医療機関で対応に困っているとの情報がある。めまいをその研究の主な対象としている日本めまい平衡医学会の理事長として、また厚生省特定疾患研究事業(前庭機能異常調査研究班:この班ではメニエール病と遅発性内リンパ水腫を主とした研究対象にしている)の班長として、これを看過することはできない状態と判断する。
 その理由は、全国的な情報メディアである週刊誌だけに止まらず、この療法の施行者である北海道の「しちのへ内科(七戸満雄医師)」では一般の人が自由にアクセスできるインターネットのホームページでもそれを誇大に公表しているからである。臨床研究を一定の考えによって施行することは、それが患者側の不利益にならず、またその同意も十分得ており、倫理的にも問題のないことが確認されていれば、認められるべきものと思われる。しかし、氏のホームページに示された論理とその根拠が医学的に見て妥当であるとは到底理解できない。そこで、氏のメニエール病に対するゾビラックス療法のホームページ上に示された論理に対する見解を、以下の点について述べた。なお、この見解を述べるにあたり京都大学のホームページ(耳鼻咽喉科)も参考にした。

 1.ゾビラックス投与対象がメニエール病だけでなく、良性発作性頭位めまい症や前庭神経炎が含まれている点について
 氏は「メニエール病、良性発作性頭位めまい症、前庭神経炎の鑑別診断をするのに耳鼻咽喉科医が苦慮しているようです」としている。また、その理由の一つとして厚生省前庭機能異常調査研究班の作成した診断基準が厳密だからとしている。しかし、これらの二つの意見は、実際と全く異なっている。
 先ず、これら3疾患は、耳鼻咽喉科医、少なくとも耳鼻咽喉科専門医であれば容易に鑑別ができるほどに全く異なった疾患である。また、メニエール病の診断基準は、表1(文献1)に示すように明瞭簡潔なもので、氏の指摘するような厳密なものではない。一定の頭位で誘発される短時間のめまい発作を特徴とする良性発作性頭位めまい症や、激しいめまいの持続が数日にわたり、また蝸牛症状を伴わない前庭神経炎との鑑別に(文献2)耳鼻咽喉科専門医が普通苦慮するようなことはほとんど考えられない。
 以上のように、異なった病因を有すると考えられている三つの全く違った病気を同一に見なし、それらに同一の原因治療(?)を行っている点から見て、この理論が非科学的であると言わざるを得ない。

表1   メニエール病の診断基準
1.回転性めまい発作を反復すること
 1) めまいは一般に特別の誘因なく発来し、嘔気、嘔吐を伴い、数分ないし数時間持続する。
 2) 発作のなかには、「回転性」めまいでない場合もある。
 3) 発作中は水平回旋混合性の自発眼振をみることが多い。
 4) 反復性の確認されぬ初回発作では、めまいを伴う突発性難聴と十分鑑別されなければならない。
2.耳鳴、難聴などの蝸牛症状が反復、消長すること
 1) 耳鳴、難聴の両方またはいずれかの変動に伴いめまい発作をきたすことが多い。
 2) 耳閉塞感や強い音に対する過敏性を訴える例も多い。
 3) 聴力検査では、著明な中・低音部閾値変動や音の大きさの補充現象陽性を呈することが多い。
 4) 一耳罹患を原則とするが両耳の場合もみられる。
3.1,2の症候をきたす中枢神経疾患、ならびに原因既知のめまい、難聴を主訴とする疾患が除外できる。
 これらの疾患を除外するためには、問診、一般神経学的検査、平衡機能検査、聴力検査などを含む専門的な臨床検査を行い、ときには経過観察が必要な場合もある。
<診断基準>確実例:1、2、3の全条件を満たすもの
         疑い例:1と3、または2と3の条件を満たすもの

 2.メニエール病の原因をウイルス感染としている点について
 メニエール病は、多くの長期にわたる研究活動にもかかわらず、未だその原因は不明である。しかし、その病態が内リンパ水腫であることは証明されている。内リンパ水腫を生じる原因としては、内耳の感染や免疫応答によるものが注目を集めている。ウイルス感染もその一つの原因として考えられる。しかし、単純ヘルペスウイルス感染の再活性化が原因ではないかと考えられているベル麻痺や、帯状疱疹ウイルスの再活性化が原因ではないかと考えられているハント症候群では、一般にほとんど病状を繰り返すことがなく、その反復発作を特徴とするメニエール病とは大きく異なる点からむしろ否定的である。また、メニエール病の特徴である低音部の変動する感音難聴は、蝸牛神経のウイルス感染では説明がつかない。すなわち、ウイルス感染が、低音部を担当する神経だけに起こる可能性が低いと考えられるからである。

 3.ゾビラックスのメニエール病に対する作用機序について
 全ての治療は、当然それを行うための根拠がなければならない。ゾビラックスがメニエール病の原因あるいは病態に、どのように作用し効果をあらわすかについては明確には示されていない。メニエール病は先にも述べたように原因不明の疾患である。従って、現在行われているメニエール病の治療は、その病態である内リンパ水腫を軽減させることが主眼である。しかし、少なくともゾビラックスに内リンパ水腫を軽減させる作用はない。

 4.効果の判定について
 めまいの治療効果判定には、多くの困難が付きまとう。その最も大きな点の一つが、自然寛解や自然治癒の問題である。確定診断のついた内耳性めまいの急性期に無作為割付をした薬効判定をすると、プラセボーと実薬の間に有意差のみられないことはよく経験するところである。これは、末梢性めまいが症状からだけみると(一種の脱落所見を残していても)、自然治癒あるいは寛解することの多い事実を示している。まして、メニエール病のようにその発作を反復するものでは、自然寛解と治療による効果をどのように判定するのかが大いに問題になる。
 メニエール病の治療効果判定には長期の観察が必要で、治療前のめまい発作回数、発作間隔、その程度、あるいは聴力検査等の経過観察結果、治療後のこれらの経過観察結果を比較して、はじめて効果の判定が可能である。アメリカの耳鼻咽喉科学会でもメニエール病治療効果判定に関する提言を行い既に何回かの改正を行っているし(文献3,4)、日本平衡神経科学会(現日本めまい平衡医学会)でも治療効果判定の基準案を提案しているほどである(文献5)。
 氏のホームページでは、ただ何%に効果があったとか、何人かの例をあげてそれらの人に効果があったとしている。これらについては、その効果判定基準が示されておらず、その効果には証拠(evidence)がないといえる。メニエール病の治療や効果判定は、厚生省の班研究の中でも最も難しいテーマの一つである。

おわりに
 以上、メニエール病に対するゾビラックス治療について見解を述べた。本文中で明らかにしたように、ゾビラックスがメニエール病に著効をあらわすということに関して科学的裏付けのないことを示した。治療の難しい疾患に対して、新しい治療法が開発されるのは歓迎すべきことである。しかし、それは科学的根拠に基づき、よくコントロールされ、しかも randomize (無作為化)された臨床試験の結果によるべきものであることを申し添える。

文  献
1)渡辺 いさむ:厚生省研究班のメニエール病診断基準について. 耳鼻臨床 69: 301-303,1976
2)小松崎篤、二木 隆、原田康夫、他:めまいの診断基準化のための資料
 1987年めまいの診断基準化委員会答申書. Equilibrium Res 47: 245-273,1988
3) Committee on hearing and equilibrium (Ch. Alford BR): Reports of subcommittee on equilibrium and its measurements. Trans Am Acad Ophthalmol Otolaryngol 76:1462-1464,1972
4)Committee on hearing and equilibrium (Ch. Pearson BW & Brackmann DE): Guidline for reporting treatment results in Meniere's disease.  Otolaryngol Head Neck Surg 93: 579-581,1985
5)水越鉄理、渡辺行雄、将積日出夫、他:めまいに対する治療効果判定の基準案(メニエール病を中心に)
 −1993年めまいに対する治療効果判定基準化委員会答申−. Equilibrium Res Suppl 10: 117-122,1994


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