このページは最近問題となっているメニエール病の抗ウイルス剤アシクロビル(商品名:ゾビラックス)治療に対する、私見を述べたものです。
学術的な事柄に関しては、日本めまい平衡医学会前理事長の八木聰明氏および京都大学医学部(耳鼻咽喉科)の内藤泰講師が述べられていますので、私は第一線の臨床医としての立場から意見を述べます。


メニエール病の診断・治療に対する私見

白 戸  勝 (白戸耳鼻咽喉科めまいクリニック院長)

 はじめに
 メニエール病に対するゾビラックス治療については札幌のしちのへ内科の七戸満夫医師が学会で発表し、またホームページ上でも公開していますが、当方へのEメールでの質問も多く、ホームページ上でこのような私見を掲載することにしばらく躊躇していましたが、一方向的な情報発信に対し敢えて反論するのもやむを得ないと考えて、耳鼻咽喉科の一開業医の立場から個人的な意見を述べるものです。
以下の反論の論拠は七戸氏が平成7年10月1日の第172回日本耳鼻咽喉科学会北海道地方部会にて、「メニエール病に対するアシクロビルの治療効果」として口演された内容、およびインターネット上に公開されている内容に基づくものです。

 1.メニエール病、良性発作性頭位めまい症、前庭神経炎は全く異なった病気です。
 七戸氏はホームページ上で「メニエール予備軍である良性発作性頭位めまい症、前庭神経炎や前庭機能が低下していると診断された人など−−−」と記載されていますが、少なくても上記3疾患は、めまいの起こり方や経過、難聴の有無などを考えても全く異なった病気です。某週刊誌にはたかだか難聴があるかないかの違いだけと記されていますが、きちんとした検査をすればこれら3疾患は容易に区別がつくものですし、治療法もおのずと違ってきます。
氏は上記の北海道地方部会で150例余のアシクロビル治療効果を述べ、その代表例として3例の具体的な例を挙げられました。しかし、そのうちの1例は病歴からみて良性発作性頭位めまい症と考えられるものでした。

 2.めまい診療の第一歩は鼓膜の所見をみることからはじまります。
 めまい患者さんの診察は他の病気と同じように問診から始まります。問診が終わって耳鼻咽喉科医が最初にすることは耳鏡検査といって、耳介や外耳道、鼓膜をみることから始まります。特に鼓膜の所見をみることは重要で、鼓膜に穿孔がないかどうか、あれば耳漏が出ていたり、真珠腫と呼ばれる塊が見えていないかどうかを良く観察します。私の医院を訪れためまい患者さんの統計から、内耳性めまいの原因として一番多いものがメニエール病、次いで良性発作性頭位めまい症、三番目には中耳炎に関連しためまいが挙げられます。慢性的なめまいあるいは繰り返すめまいは慢性化膿性中耳炎や真珠腫性中耳炎でも起こってくるからです。慢性化膿性中耳炎は細菌感染が原因で起こり、炎症が何らかの形で内耳に波及してめまいを起こします。真珠腫性中耳炎は真珠腫が内耳の骨を破壊してめまいが起こってきます。いずれも勿論ウイルス感染ではありません。何故このようなことを述べるかと申しますと、七戸氏が上記の北海道地方部会で述べられた代表例3例のなかに中耳炎によるめまいと思われる例が含まれていたからです。
 氏が呈示された代表例3例のうち1例が良性発作性頭位めまい症、1例が中耳炎による内耳障害と考えられ、詳細がわからない残り150例余にはどのような病気が含まれているのか懐疑的にならざるを得ませんでした。

 3.聴力検査はめまい、特にメニエール病の診断・治療には欠かせません。
 メニエール病は言うまでもなく聴力障害を伴います。メニエール病は内耳の病気ですから起こってくる難聴も内耳性難聴です。そのために、純音聴力検査という基本的な聴力検査の他に、その難聴が内耳の障害かどうかということを診断するために、更にいくつかの検査を行います。メニエール病のめまいは繰り返すのが特徴ですが、難聴の方も最初のうちは変動します。ですから、聴力検査も最初の1回だけではなく、日をおいて何回も検査します。そして、聴力が変動しないかどうか、また、めまいの時に極端に悪化していないかどうかを調べます。何回もめまい発作を繰り返しているうちに聴力が悪いまま戻らなくなることもあります。難聴の経過も人それぞれで違います。激しいめまい発作でも難聴の程度は軽い人もいれば、軽いめまいなのに難聴の程度が強い人もあります。ですから、めまいだけではなく、聴力障害にも十分気を付けて経過をみる必要があります。七戸氏の発表には代表例として聴力検査の結果を呈示した例もありました。しかし、それは極く少数例で、氏の発表には聴力障害がどのような経過をとったのかという記載がほとんどありません。

 4.めまいの診断や経過観察にはいくつかの検査が必要です。
 メニエール病の診断には上記の聴力検査の他に、いわゆる平衡機能検査というものを行います。詳細は本ホームページの「めまいの検査」の項をみていただきたいと思います。めまいの経過をみる上でも、このような検査は重要で、特に身体の揺れがどのように改善、または悪化しているのかを両足で立たせたり、片足で立たせたり、足踏みをさせたりして、揺れの状態やどちらかに偏っていかないかを見ます。また、眼の異常な揺れ(眼振)はもっと重要で、目を上下左右に注視させて、眼振がないかどうか、また、フレンツェル眼鏡といって、凸レンズの付いた眼鏡で、頭の位置を色々かえて眼振がないかどうか、あるとすればその眼振の性状、方向、大きさ、頻度などを観察します。このようにして患者さんの訴えるめまいが客観的にみてどのような状態にあるのかを判断するわけです。七戸氏の発表には、そのような記載がほとんどありません。どのような治療の効果を判定するにも、客観的なデータというものなくしては、その効果判定はできません。

 5.治療効果の判定について
 1)どのような病気に対する治療法もまず、その病気であるかどうかををきちんと診断するところから始まります。ですから、患者さんの「めまいがする」という訴えだけではなく、色々な検査から(メニエール病の場合は各種の聴力検査や平衡機能検査で)、きちんと確定診断をしなければなりません。
 2)治療効果の判定には、患者さんの症状がどのように良くなったかという主観的な訴えも勿論大切ですが、客観的な検査、すなわち聴力検査で難聴の経過がどうなのか、まためまいに伴う身体の揺れや眼の揺れ(眼振)がどのように変化したのかということがより重要になります。
 3)メニエール病の経過は長いものです。短期的に良くなった悪くなったという目先の効果よりも、治療を行う前の少なくとも半年間、治療後の1〜2年間のめまい発作の間隔や程度、あるいは聴力障害の推移が問題となります。
 メニエール病の治療効果判定は難しい面が多々あります。しかし、基本にあるのは長期にわたって自覚症状を詳細に観察し、また、他覚的な検査所見を評価に耐えうる方法で分析することがまず第一であると考えます。

おわりに
 インターネットでの情報発信は、ほとんどが一方向的で、その内容が妥当なものかどうかをチェックすることが難しいことがあります。アクセスした人がそのことに精通している事項であれば、ネット上に記述された事柄に対して自分なりの評価ができますが、専門外のことになるとその情報が正しい情報かどうかの判断をするすべがありません。医療に関しても同様で、情報を提供する医師の側は専門的な知識を持ち、患者さんの側はそれに対しての評価をする十分な情報や知識を持ち合わせていないことがほとんどです。
 この事に関しては、医療情報の不足ということも一因にあげられます。私にも医療相談のメールが届きますが、その中で多い質問が「どこの病院にかかればめまいをきちんとみてもらえるのでしょう」というものです。これには私も答えに窮してしまいます。同業医からの反発を覚悟で申しますと、耳鼻咽喉科医でもめまい診療に精通している人とそうでない医師もおります。何故なら、耳鼻咽喉科は(他科も同じでしょうが)扱う病気そのものが多岐にわたり、全ての病気に対し最先端の医療を習熟するというのは自ずから限界があるということです。内科でいえば循環器内科、呼吸器内科、消化器内科、神経内科などがあるように耳鼻咽喉科にも耳が得意な医師、鼻が得意な医師、咽喉が得意な医師がいるという訳です。しかし、一般の方はどこの病院が(あるいはどの医師が)何を専門としているのか、知るすべがあまりありません。
 医療情報を、一般の方が客観的に評価できるような方法で国、厚生労働省、学会などが情報開示に向けて積極的に取り組む必要があると思います。


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