( Delayed endolymphatic hydrops )

1.疾患概念
 本症(以下 DEH と略)は、陳旧性高度内耳性難聴の遅発性続発症として、膜迷路に次第に2次的に進行性内リンパ水腫が生じ、その結果メニエール病様の前庭症状が発現する疾患である。1976年、Schuknecht によって疾患概念が確立された。
 したがって本症の臨床経過は、まず、高度な内耳性難聴(1側性が多い)の先行があり(early history)、かなりの年月(Nadol らの12症例では1〜68年)の経過ののち、反復性めまい発作(聴覚変動は不随伴)が発現する(late history)。その際既往の難聴の原因については、明、不明を問わないが、一般に若年性片側聾(若年性1側高度難聴)が多く、そのほかには側頭骨外傷、ウイルス性内耳炎、細菌性内耳炎、突発性難聴、アブミ骨切除術などが原因として知られている。

2.病歴からの診断
1)1耳または両耳が高度難聴、ないし全聾(以前より存在し内耳障害が疑われる)。
2)長年月経過後(ふつう、難聴発症より数〜数10年)、メニエール病様前庭症状が発現(多くは反復性、発作性に発来する回転性めまいで、嘔気、嘔吐を随伴)。
3)めまい発作時に、蝸牛症状とくに聴覚変動は不随伴(これはめまいの責任耳において、聴覚系がすでに高度に破壊されているためである。これに対して耳鳴増強や耳閉塞感などは、まれに発作時に随伴する)。
 上記症状のうち、1)、2)が認められるとき DEH を疑う。さらに3)が加われば、その疑いはますます濃厚である。

3.検査からの診断
1)純音聴力検査で1耳または両耳が高度感音難聴ないし全聾。
2)温度刺激検査で難聴耳に眼振反応低下を認めうる。しかしその場合でも迷路機能は廃絶には至っていない。
3)発作時に水平回旋性の自発眼振の出現、ないし誘発眼振の証明。
4)第8脳神経以外の神経症状、ことに中枢神経症状の欠如。
5)そのほかに殊に内耳障害の確認のため、適宜、圧刺激検査(内リンパ水腫の証明)、フロセミドテスト、ENG 検査などを実施する。
[診断] 1)、2)の存在でほぼ確実。さらに3)、4)が認められれば確定。 なお、DEH は多くの場合、1側全聾、他耳聴力正常である。

4.鑑別診断
 進行性内リンパ水腫を生じるつぎの2疾患が鑑別の対象となる。
1)メニエール病
メニエール病では
@ 聴覚障害が高度に至ることはまれ(DEH では1耳または両耳が高度難聴ないし全聾)。
A 小児期以前の発症はまれ(DEH ではしばしば高度難聴が幼少期から存在)。
B めまい発作に蝸牛症状、殊に難聴が随伴し変動する(DEH では聴覚障害は変動しない)。
2)内耳梅毒
 内耳梅毒の臨床像は多彩で、一部の少数の患者で鑑別が問題となるが、最終的判断は梅毒血清反応による。

5.予後判定基準
 とくにないが、一般にメニエール病より保存的治療による制御が困難である。

6.疾患についての説明
1)成立機転
 Schuknecht(1976)は DEH の成立機転につき、つぎのように説明している。すなわち、陳旧性の高度難聴側の内リンパ吸収系(内リンパ嚢、前庭水管)に、2次的変化として萎縮、繊維性閉塞などの組織変化が生じ、その結果として徐々に進行性内リンパ水腫が形成される。その際迷路機能に残存があれば、メニエール病様の前庭症状(反復発作性めまい)が発現する。他方、聴覚系はすでに高度に破壊されているので、めまい発作時に蝸牛症状、殊に難聴の変動は随伴しない。
 しかしその後 Schuknecht(1978)は、一部の患者で良聴耳(聴力正常耳)を患側に、やがて、メニエール病様症状や変動性聴力障害が出現する場合があるとし、これをとくに contralateral type(対側型)と名付け、一方、通常多くみられる難聴側を責任耳にめまい発作が発現する場合を改めて ipsilateral type(同側型)と呼んだ。
 したがって、これまで本稿で記述してきた DEH は、実際には同側型 DEH に該当する。以下、対側型につき若干説明を加える。
2)対側型 DEH について
 これは1側聾において、良聴耳(聴力正常側)に遅発性に進行性内リンパ水腫が発生してくる場合である。比較的まれであるが、特有な臨床像を形成する。
 しかし本症において、まだ側頭骨の直接の病理組織学的裏付けは得られておらず、したがってその本態についてはなお多分に仮説的である。しかも Schuknecht は、その成立機転につき十分な説明を加えていない。しかし、この点に関しては、ほかの報告者により、正常聴力側にも難聴側と同じ原因による、軽微な、潜在的な内耳組織変化が遺残しており、これを基礎に2次的内リンパ水腫が発生してくる可能性が考えられている。いずれにせよ、本症の診断にあたっては、当面は典型的な症例に限定することが望ましいと考えられる。
[診断(要点)]
@ 1耳高度(感音)難聴ないし全聾(以前より存在)、他耳(良聴耳)に新たに聴力障害が出現(それまではこの側において、聴力は正常であったことが推定される)。
A 良聴側聴力が変動(同時に内耳性難聴の諸特徴が示されうる)。
B ときにメニエール病様前庭症状の出現(症例による)。この場合、通例、メニエール病との鑑別が困難である。しかし、反対側の耳に陳旧性の高度内耳性難聴が存在することにより診断する。
C 温度眼振検査で良聴側に迷路機能低下を証明しうる。ただし、めまい発作発現例では迷路機能は廃絶していない。
D めまい発現例では、発作時に水平回旋性の自発眼振が出現、または誘発眼振が証明される。
E 中枢神経症状の欠如
F 補助検査については同側型 DEH に準じ、グリセロールテスト、蝸電図検査も加え実施する。